Progetto Martha Argerich

Lugano  10-29 June, 2015


コンサート会場の一つ: Auditorio RSI の入り口にて
  

 ずっと憧れていたルガーノ音楽祭。連日、アルゲリッチやベテラン〜若手演奏家により刺激的な演奏が繰り広げられ、そして2年前までは、過去に演奏されたほとんどのものが、いつでもsiteから聴く事ができ(今は、管理者が替わったので不可)、ストリーミング中継もあり、さらに毎年素晴らしいCDもしっかりとリリースされ、こんな素敵な音楽祭に一度行ってみたかった。
 しかし、 4〜5月はGW、そして別府アルゲリッチ音楽祭もあるし、8月は夏季休暇。6月に休暇を取るのは極めて難しく、行く事はできなかった。 しかしやっと今年、何とか調整して6月最後の週に行ける運びとなった。また、写真撮影の許可も下りたので、写真を交えて報告する事にした。

 ルガーノは、スイスの南端。イタリアと国境を交えているし、言語はイタリア語だ。ミラノからバスでも行けるようだが、便の関係で、チューリヒ経由で行く事にした。これはこれで大正解。初スイスだったが、国内便は北のチューリヒから南のルガーノまでスイスを縦断。アルプス山脈を眼下に臨み、オマケに何とルガーノの美しい風景の真上をも通過して行き、さながら遊覧飛行のようであった。なお、飛行機の右側と左側ではだいぶ風景が異なるので、行きと帰りを同じ側に座ると両方楽しめる。

6月24日(水) 24 June

 日本出発は6月24日朝で、ルガーノには同日18時着。この日は、ギトリスのマスタークラスの生徒の発表会があり、さっそくレンタカーで会場のGrande aula del Conservatorioへ向かった。当初、どうせコンサート会場の往復程度なら、とタクシーでの移動も考えたが、スイスのタクシーはぶっ高い、という事でレンタカーを勧められたが、これはその通りだった。けっこう大活躍で、これが無かったら、とんでもない事になっていたところだった。

 聴けたのは、後半。まだまだこれからの人から、将来活躍するであろう人まで。日本でも彼のマスタークラスを幾度か見たけれど、ちょっと右の肘の位置を変えるだけで音色が激変し、魔法のようだった。彼は93歳。毎年来日し、若者と同じ日程の演奏会をこなす。

 その後、 Auditorio RSI に向かった。ネット中継で散々見た、この会場! やっとご対面、ということで感慨も一入。程なくして、Marthaが一人練習を始めた。私は、彼女ほど練習をする人を知らない。努力する、できるのも天才、才能だ。以前、彼女は言った。「私は練習は嫌いじゃないの。ただ、始めるまでが大変なの。わかる?」 結局、彼女は、この音楽祭でも滞在している家と会場をずっと往復していただけのようだった。また、自分に課するハードルは限りなく高い。だから、50年以上、頂点に君臨し続けている。
 「1人で練習したいの」 との事だったので、ホテルに戻った。

 ホテルは、ルガーノの市内は満杯だったので、ちょっとだけ離れたParadisoにあるホテルを予約しておいた。また、レイク・ビューがディスカウントされていたので、せっかくなので、これを選択。これが良かった。湖は刻一刻と表情を変え、飽きることが無い。


  

 これは、明け方の湖。上は、ルガーノ市、下は、モンテ・ブレ(ブレ山。急な斜面にびっちり住宅が並ぶ)。で、何で明け方か? 実は、時差にめっぽう弱くて、いつも最低1週間は狂いっぱなしになるのだ。日本に帰ってからも同様。つまり、1ヶ月はぐじゃぐじゃになる。この日も睡眠、1時間。という事は、朝からガンガン観光ができる 。1日が もの凄く長い、という事でもある。
 それにしても、人間は水の中では生きれないのに、海や川や湖など、水辺に限りない魅力を感じる。太古の記憶がそうさせるのか。

6月25日(木) 25 June

 という訳で、毎朝7時には朝食を済ませ、8時には観光に繰り出していた。ルガーノの観光スポットは、 モンテ・ブレ、モンテ・サン・サルヴァトーレの2つの山と市内の聖マリア・デリ・アンジョリー教会、聖ロレンツォ大聖堂、湖畔、あとは船に乗っての訪問などなど。今日は、まず手始め、という事で、ルガーノ市内を観光した。

 市内は歩いて散策。坂が多く、なかなか体力が奪われる。おまけに連日超快晴で、容赦なく陽が降りそそぐ。帽子もサングラスも忘れたので、毎日大変だった。私の観光はガイドブックが書ける位、びっちりと網羅していくのだが、ここでそれをやると、とんでもない量になるので、ばっさりと省略。聖マリア・デリ・アンジョリー教会は、500年前の教会でベルナルディノ・ルイニのフレスコ画が有名。天井が面白いのかったので、ここではその写真を紹介。坂道を歩けば、画になる建物も散見。聖ロレンツォ大聖堂は修復中だった。また、街にはポスターがあったりして、これば別府と同じかな。

 午後からは、Auditorio RSI でリハーサル。RSI: Radiotelevisione svizzera (Radiotelevisione svizzera di lingua italiana)、すなわち、テレビ/ラジオ局のスタジオ・ホールがメインの会場で、ここで連日演奏・録音が行われている。このAuditorio の素晴らしいのは、客席の角度だ。通常のコンサート・ホールより急峻だけれど、この角度だと、どの 座席でも演奏のニュアンスが聴き取れ、特等席になる。 その座席数は400少々。日本だと、神奈川県立音楽堂が同様に音響が素晴らしい。1900年程前に作られたコロッセオと同じ作りの石造りの円形劇場では、舞台中央で鍵を落としても、最後尾の席でさえしっかりと微細な音まで聴き取れるが、現代では平らな客席が多く、古代の知恵・経験は生かされていない。RSI では、壁という壁に、素敵な写真が飾られてあった。 こういうセンスが、日本にもあったらなあ。


 さて、さっそくDora Schwarzberg とWalter Delahunt のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ K.454 のリハが始まった。 いろいろなリハ、GPに立ち会う事もあるけれど、徐々に完成度が高まっていく過程を見・聴けるのは本当に勉強になる。また、本番との対比も、実に面白い。

 続いて、Lyda Chen とChristina Marton によるプロコフィエフのロメオとジュリエット(Borisovsky編)。ちょっと危なっかしいところにヒヤヒヤ。Lyda は美人だから、つい沢山撮ってしまう。一部を紹介。



 Ivry Gitlis とAnton Martynov は、バルトークのヴァイオリン二重奏曲。本番では、何曲演奏するのかな? 彼はモノクロの写真が似合う。

 

 さて、真打登場。今日は、Geza Hosszu-Legocky とバルトークのルーマニア民俗舞曲。2〜3日前に曲目が、モーツァルトのピアノ四重奏曲 K.478から変更になった。彼女が弾くなり、ピアノの鳴り、音楽のスケールがまるで違うのに、いつもながら驚嘆。彼女ほど、ピアノを見事に鳴らせる人はいない。大男のff は音が歪んで汚いけれど、彼女のff は音は決して歪まずズーンと響き、結果的に誰よりも音量も大きい。天才的なバネのなせる業か。同年代のピアニストが軒並みテクニックを落としていく中、彼女には加齢というものには無縁らしい。

 写真・右側の男性は、この音楽祭のプロデューサー: Carlo Piccardi 氏。全ての公演、リハーサルに立ち会うだけでなく、Marthaの送り迎え(彼女が会場を去るのは深夜)も行っている。70を過ぎているのに、行動も “運転” も、すこぶる元気だ。えらぶったところが全く無くて、こちらが恐縮してしまう程(もっとも、私が存じ上げている “本当に偉くて尊敬できる人” は、皆そうだけど)。


  

 

 20時30分からは、本番。大、小のプログラムの他、公演前には、印刷された1枚のプログラムが配布される。大きなプログラムには、音楽祭専属カメラマンのAdriano Heitman 氏の素敵な写真が満載されている。

 公演のトップ・バッターは、Geza とのバルトークの ルーマニア民俗舞曲。本来なら、彼女はトリなのだろうけれど、最後の出番は嫌いなので、いつも出番は早い。彼は、愁いのある曲の演奏は絶品で、誰にもあの味は真似できない。彼のフレーズを一度知ってしまうと、他の人の演奏が、ひどく凡庸に、そして、表情が何も無いように感じてしまう位だ。今回はMartha を撮りに来たので、撮影初日、という事もあって、彼を撮れなかった。Geza ごめんなんさい。ここには、2011年5月に来日した時の写真を出しておきます(ちょっと若い)。

 彼女とGeza の後だと、さぞ演奏しにくい事だろう、と思いきや、Ilya Gringolts Polina Leschenko が、俺たちの音楽を聴いてくれ、とばかり、メンデルスゾーンのヴァイオリン・シナタ ヘ長調をがーん、とぶつけてきた。全く引けをとらない、見事な熱演。観客からも、大喝采を浴びた。

 前半最後は、Annie Dutoit、Alexander Gurning、Dora Schwarzberg、Lucia Hall、Nora Romanoff、Jorge Bosso、Simone Mancuso(指揮) による、Milhaud Cantate de l’enfant et da la mère (su poema di Maurice Carême。最近、Annieはナレーションで音楽祭での親子共演を果している。大変きれいなフランス語でのナレーション。残念がら意味はわからないけれと、ニュアンスは十分伝わる。8月には、広島と東京でも公演が予定されている。楽しみだ。

  

 後半は、Lyda Chen とChristina Marton によるプロコフィエフのロメオとジュリエット(Borisovsky編)から。 馴染みの曲をヴィオラで聴くと、これがまたしっとりとしていい。やっぱりヴィオラも“歌う”楽器だ。


 続いて、Dora Schwarzberg とWalter Delahunt のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ K.454。これは大御所らしい、圧巻の演奏。私は、Dora の演奏はヴィヴラートがきつくて苦手なのだけれど、そんな事をすっかり忘れてしまって、撮りながら感嘆していた。客席からはブラボーと口笛、Martha も拍手でお出迎え。

 

 最後は、Ivry Gitlis とAnton Martynov の、バルトークのヴァイオリン二重奏曲 から 。Ivry の演奏会は、入場の時から既にパフォーマンスが始まっている。彼のフレーズのとり方と歌い方は、いつ聴いても魅了される。

  実に心に届く演奏なのだが、夜も更け、派手さも無いのか、演奏の途中なのに、帰る観客が幾人も... 露骨に目に入っていると思うのだが。しかし、終わってみれば、これまたブラボーと暖かい拍手。なんと長く充実した1日であったろう。本当に、ここに来て、来れて良かった!

 ほとんど寝ていないし、0時近いので、Martha に挨拶してホテルに戻る事にした。楽屋に行ったら、誰かの母親が亡くなった、との事でメールを打ち始めた。天井のミラーに映った姿が面白い。

6月26日(金) 26 June

  前日、1時間しか寝ていない、というのに、今日の睡眠は2時間だけ。興奮状態なのだろうか。という訳で、今朝の湖。今日も7時に朝食を済ませ、さっそくケーブル・カーで、サン・サルヴァトーレ山へ登った。山頂の駅から、さらに徒歩で頂上へ登る。頂上には教会があって、その屋上からの眺めが本当にきれい。

 空には、飛行機雲が。来る時は、ここを通過して来た訳で、機上からも、しっかりここを撮影していた。教会の窓には、花束が飾ってあった。晴れれば、アルプスも臨める。

 その後、船に乗って、ガンドリア Gandria に向かった。 ここは、ブレ山の急峻な斜面にへばり付くように立ち並んだ漁村で、石畳の迷路のような趣のある風景が多くの画家に愛され、画かれたらしい。路はほとんどが階段で、行くなら若い内だ。


 ちょっとした屋根や扉も趣があり、どこを切り取っても絵葉書が作れる。昼は、港の近くのRistorante Antico にてシーフード。とにかく眺めが良く、メニューも見ていて楽しい。

 サングリアでほろ酔い気分の中、再び船で戻った。港も画になる。

 18:30からは、教会でBar-Shai のコンサートだった。駐車場がわからなくて、周囲を何周かして、やっとParazzo dei Congressi の地下駐車場に止めてから向かったので、コンサートに遅れてしまった。裏からそっと入ったら、Piccardi 氏自ら手招きし、そっと扉を開けて入れてくれた。こういった好意はずっと心に残るし、思い出すだけで胸が熱くなる。

  既に、クープランのクラヴサン曲集が始まっていた。が、直接心に語りかける音楽に、釘付けとなった。ああ、本当にここに来て良かった! その後、Auditorio RSI でのリハーサルに向かう予定だったが、諸事情でホテルに戻った。

6月27日(土) 27 June

  今日の睡眠は3時間。ちょっとずつ長くなってきた。夜は眠気に襲われるのだが、程なくして夜中は完全覚醒。北の星座を楽しんだ。写真は、今朝の湖。今日は、朝一番に、ブレ山へ。こちらもケーブルカーで山頂へ行ける。急な斜面をぐいぐい登って行く。歩いて行くと、いったい何時間かかるのだろうか。

  こちらは、眺めの良い所は全てレストランが独占していた。山頂の駅から右側に少し下ったレストランからの風景は、まさに絶景。眼下にルガーノ市、対面にサン・サルヴァトーレ山が見える。山の斜面は、削り取ったように急峻。

 その後、船に乗って、カンピオーネ Campione d'Italia へ行ってみた。ここは、イタリア領の飛び地で、カジノで有名。私はギャンブルに全く興味は無いのだが、ミシュランで星を取っているレストラン da Candida に行ってみた。桟橋がユニーク。同レストランの名物は、フォアグラのテリーヌとの事。皮肉な事に、肝臓系は苦手なんだけどなあ。Al Cortiletto Gelatteria というジェラート屋は有名で看板も沢山出ているが、甘すぎて、パス。甘さがアメリカ的。

 午後から、リハーサル。今日の演奏会の目玉は、何と言ってもBabayan氏とのデュオ。彼の編曲による、プロコフィエフのハムレット Op.77〜Lo spirito del padre di Amleto、エフゲニー・オネーギン Op.71〜マズルカ、ポルカ、スペードの女王 Op.70〜ポロネーズ、プーシキン・ワルツ Op.120、戦争と平和 Op.91〜Valzer di Natascia e Andrei、スペードの女王 Op.70〜Idée fixe。






 

 ところが、これが壮絶なリハで、Martha がうまく弾けない度にイライラを募らせ、ピリピリした緊張感は空前絶後。しかも、遠慮無く、レコーディング・ディレクターから指示が飛ぶ。譜めくりのタイミングが悪いと、パーンと楽譜に手が出て、譜めくりの人は、さぞ大変だったろうと思う。Babayan の譜めくりをしていた人(彼の生徒)と話をしたけれど、弾くより断然難しい、と言っていた(私も一度だけ彼女の譜めくりをやった事があるけれど - しかも初見 - 死ぬ程恐ろしかった)。

 さて、コンサート。例によって、トップはMartha とBabayan。そもそも相手がMartha だから、Babayan の編曲だって、遠慮無く超絶技巧を散りばめているし、はたして.... 

 いつも、GPでダメだ、ダメだを連発するが、やっぱり凄い! 本番では、何事も無かったように物凄い音楽が炸裂する。終曲での二人の連打で、観客は興奮の坩堝に。



  笑顔が全てを物語っていますね。

 しばらくどよめきが残った後は、Alexander Mogilevsky、Ilya Gringolts、Nathan Braudeによる、ブラームスのホルン三重奏曲 変ホ長調 Op.40 (ただし、ホルンのパートはヴィオラ)。これまた熱い演奏。一昨日もそうだったけれど、若者がしっかりと自分の音楽をぶつけてくるし、観客もストレートに反応。これが演奏会でしょう。 日本ではどうしようもない有名人の演奏に 「ブラボー!」 で、何度倒れそうになった事か。


 続いては、Gautier Capuçon とNicolas Angelish によるシューマンのアダージョとアレグロ Op.70。私は、悲しい位下手くそなチェロ弾きだが、彼のチェロの音は本当に好きで、あんな音でたっぷりフレーズが弾けたら、といつも思う。Angelish のピアノは、いつも歌があっていい。体は大きいけれど、音楽は繊細。

 最後は、Nicolas Angelish とGautier Capuçon にクラリネットの名手: Paul Meyer が加わり、ブラームスのクラリネット三重奏曲 イ短調 Op.114。


  これまた名演。名手揃いなのだけれど、期待を全く裏切らない。毎日心底思う。本当に、ここに来て、来れて、本当に良かった!!

 もう一つ。大変快適だったのは、自由に撮影できた事だ。といっても、撮影には、消音モード+消音ケースを用いたのは当然のこと、さらに音楽を本当に愛する者としての観客への配慮、公式カメラマンへの配慮、撮るべきタイミング等々、全て細心の注意を払っているのはいつもの通り。それでも日本では、自分の個人的な演奏会ですら、三脚の立てる位置さえ、こと細かに注意、制限される。他にも、面倒くさい事が山ほど。「黄色い線まで下がってください。」、「手すりにつかまって下さい。」、「まもなく信号がかわります。」、全部不用、うるさい !
 そういえば、現地の新聞社のカメラマンが撮影に来ていた。この手の人達は音楽に関心が無いので、コンサートの最中でも消音せず、バシャバシャ写真を撮る。録音もしているのだが... ただ、日本でも同じで、以前、ベルリン ・フィルの演奏会に皇太子がお聴きにいらした時、新聞社の人達が写真を一通り撮った後、コンサートの最中に2F最前列で携帯を掲げてメールしていた。こんなに鈍感だったら、撮影も遥かに楽なんだけど。

6月28日(日) 28 June

 懲りずに、今日の湖。睡眠も5時間取れたので、イタリアの避暑地で有名な、コモに行ってみた。車で30分少々で行ける程近いのだが、反対側、湖の北側をぐるりと回って、まずはコモ湖の真珠と呼ばれるベラッジオへ向かった。途中、レッコ周辺の切り立った山と氷河湖、白いヨットが、ため息が出る位美しかった。一番の絶景ポイントでは車が停められず、掲載できる程の写真が無い。また、ベラッジオでは車を停める所がどこにもなく(唯一停められたのは、山を越えた反対側の港)、ここへは、コモから船でくるのが一番良さそうだ。コモでは、船に乗ろうとチケットも買ったのだが、出発ターミナルを間違え、次の便では、2人 手前で定員オーバーで乗れず、結局ピザを食べて帰った。コモの観光は、沢山情報があるので、ここでは、ばっさりと省略。

 コモは、避暑地として有名。避暑地って、暑さを避けて涼しい所へ滞在、が読んで字の如し。は、ヨーロッパでは通用しないのが今回実感。コモもルガーノも連日30数℃で太陽がさんさんと輝く。早い話が、短い夏に南に行って太陽を浴びるのが、ヨーロッパの避暑。しかし、誰が「避暑」なんて訳したんだ! 間逆、「向暑」でしょう。

 18:30からは、教会でPompili、Martynov、Chen、Zhaoによるコンサートがあるのだが、私は、明日行われるプーランクの2台のピアノのための協奏曲のリハへ向かった。会場は、Palazzo dei Congressi。

 Piano 2は、Alexander Gurning で、彼もいいピアニストだ。指揮はヤツェク・カスプスジク、オケはスイス・イタリア語放送管弦楽団。カスプスジクの妥協ない指示は適切で、流石だ。彼との2010年の同音楽祭でのショパン ピアノ協奏曲第1番はベスト盤。第2楽章の最後のピアノの音を聴いて、何度涙した事か。で、やっぱり彼女の緩徐楽章は誰にも到達できない深遠な世界で、プーランクでも心に音楽が浸透していく。これを聴くために、この世界があるから、ずっと彼女を追いかけている。

 彼女は、ピアノの音を鳴らす点でも特別な天才である事は上に述べたけれど、絶妙なペダリングも天才の成せる業。もう、かれこれ40数年彼女のファンで、雑誌の記事も一通り目を通していたけれど、不思議な事に、彼女のペダリングに言及した記事を見かけた事が無い。細かい欠点を天下を取ったように書き立てたり、評論のための文章だったり(聴かなくても書ける。実際寝ていた評論家も目の当たりにしている)、かつては、毎度、的外れな事ばかり言っている評論家もいたし、もう雑誌を見なくなって久しい。

 続いて、Babayanによる、プロコフィエフのピアノ協奏曲 第2番。これでもか、という位、猛烈に弾きまくる所が続き、皆で顔を合わせて笑ってしまう位。彼の演奏は、まるでフェラーリ製のブルドーザーのよう。終わったら、彼はMarthaに「聴こえた?」 と。

 リハ終了した後のスナップを1枚だけ紹介。左は、この音楽祭の常連:酒井 茜さんで、右は、Chopin and his Europe 音楽祭のディレクター:Stanisław Leszczyński さん。酒井さんはMarthaと無二の親友で、8月には、昨年6月に同音楽祭で演奏された、Marthaとの「春の祭典」のCDのリリースが発表されている。楽しみだ。また、Stanisław Leszczyński さんは、ブリュッヘン/18世紀オーケストラとの一連の公演の仕掛け人。彼は、1965年のショパン・コンクールから彼女を聴き続けている、との事。ブリュッヘン/新日本フィルの公演は、シューマンの交響曲を聴き衝撃を受け、以来、ほぼ全公演に通った。冒頭の数小節を聴いただけで、全く違うハーモニーの美しさに愕然となった。今迄さんざん聴いてきたものは、いったい何だったのか、と思わせる位。以下は、彼のプロデュースしたDVD、CDの一部。

 

 どのDVD、CDも聴くのを止めれなかった。1日中、ずっと繰り返して聴いていても、それでも感動が続く。ブリュッヘン/18世紀オーケストラだけでなく、ピレシュを選んだ所が、私とベクトルが全く同じ。彼には感謝! 感謝!!

6月29日(月) 29 June

 今日は、諸事情で午前にオケ合わせ。朝は眠くてダメ、といつものセリフ。でも、展開されるのは、これ以上無い心の世界。

 「一旦、帰って寝るわ。」との事で、私もホテルに戻り、隣のレストランで昼食。早くも最終日になってしまった....

 さて、本番最初は、Babayanによる、プロコフィエフのピアノ協奏曲 第2番。

 通して聴いてみれば、馬力と超絶技巧だけでないプロコの世界があり、今音楽祭での台風の目玉とも言える彼を印象付ける演奏となった。
続いては、
Renaud Capuçon によるブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。

 あの甘美な曲をルノーのヴァイオリンで聴きたい 、と誰しもが思う夢が実現した。音響は最悪な、この会議場( 座席数:1140。来年は音楽ホールが完成し、そちらを使うらしい)の隅々まで、この極上の音が染み渡る。なんと幸せな時、空間を共有できたであろうか。言葉は要らない。

 さて、後半は、プーランクの2台のピアノのための協奏曲から。



 プーランクの音楽は、胸がきゅんとなるけれど、彼女が演奏すると 、もっともっときゅんとなる。一つだけ残念だったのは、リハでもっさりしていたオケのリズム感が、本番でもそのままだった事。打楽器奏者にいいセンスの人がいればオケが牽引されて、もっと良くなったかもしれない。

 本日、そして音楽祭の最後は、Khatia Buniatishvili による、リストのピアノ協奏曲第2番。リストの曲は、テクニックに余裕がないと弾けないだけでなく、下手をすると、ただ弾きまくっているだけで音楽がスカスカになってしまう危険があるが、これは見事。しかも、体のラインを強調した衣装に加え、その動きも表情に富む。

ピアノの演奏が無い所でも、体全体で音楽を表現し、オケを引っ張っていく。



 ビジュアルとしては、水着のようなボディコンで弾きまくるユジャ・ワンが有名だが、こちらもなかなか。しかも、テクニックも音楽も伴っているのが、どこかの国の事情とは、大きく異なる。最も、ビジュアルと音楽、双方超一級で唯一、元祖はMartha だけれど。
 
この1週間、どれも素晴らしい演奏の目白押しで、何度も 同じ事を言うけれど、本当に本当にこの音楽祭に来て、来れて良かった!

 市内のレストランで楽しい打ち上げの後、Martha の滞在している家にちょっとだけ寄らせていただいた。写真左は、閉店したレストランのテラス。話をしていると時が止まるので、お店の電気が消えても、延々と話は続く。

6月30日(火) 30 June

 夜中にホテルに戻って荷造り。仮眠して空港に向かった。チューリヒに1泊して帰路。チューリヒの観光は、博物館等を除けば半日で十分(といっても、バイヤー時計博物館は行った。おすすめ)。夜は、チューリヒ歌劇場で、ベッリーニの歌劇 「カプレーティ家とモンテッキ家」。回転舞台をうまく利用し、空間も時間も表現した演出が光り、テバルドを歌ったテノールのBenjamin Bernheim が抉出。 アメリカ人は吐きそうな位のきついヴィブラート、トレモロのようなヴィブラートに鈍感、平気なのだが(MET合唱団のSopは本当に酷い)、その意味で、受け付けない歌手が幾人か。指揮はFabio Luisi で、イタリアものは生き生きとしていい。2012年にMETでルパージュ演出の指環を観た時、判を押したようにイタリア的で、これには困ったけれど(それでも、ブリン・ターフェルのヴォータンのブリュンヒルデとの惜別は、涙、涙で生涯の宝)。

 終わってワイン・バーへ向かっていたら、木星と金星の大接近が偶然見れた。上が木星で、下が金星。光度差があるので、望遠鏡で見る二重星のようで、とても綺麗。日本では入梅なので、見れた人は少なかったようで、ラッキーだった。

 帰って、はや2週間。やっとおおまかに現像して掲載ができた。実は、数年前から少しずつ積み上げてきた大切なプロジェクトがあったのだが、ある人のお陰で、全て粉々に壊されてしまった。大いに心に傷を負ってしまったが、もう一つのプロジェクトは無事、届けることができた。これが日の目を見るかどうかは神のみぞ知るところであるが、 ルガーノで、随分癒された。人生、挫折もするけれど、生きていればいい事も巡ってくる。Martha と、とある人に何から何までお世話になり、心より感謝 「本当にありがとうございました」。

  


ガンドリアで見かけた表札(文字は少し加工しています)

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