第9回 浜松国際ピアノコンクール  2015年     コンクールの公式ホームページは、こちら

 アルゲリッチは超多忙の中、第9回浜松国際ピアノ・コンクールの審査員として、今年3度目の来日。審査員としての参加は2次予選から。審査委員長の海老さんやヤシンスキーさんとともに、ショパン・コンクールから、引き続きの審査委員だった。私がピアノ・コンクールを実際に聴くのは、2010年のショパン・コンクール以来だ。

 今や、国際ピアノ・コンクールの中でも世界有数のコンクールとなり、アルゲリッチが審査する、という事もあって、世界42カ国1地域から、449名もの応募があった。昨年は、同じ浜松市で静岡国際オペラ・コンクールが行われ、ネット中継で1次予選から見・聴いていたけれど、全く歌えてない技量の無い人が本選にまで進んで入賞したり、毎回審査結果に驚愕。不正でもあったのか、と呆れてしまったが、流石にこちらは格が違い、ハイレヴェルな演奏、審査が続く。

 3次予選が一番面白いのだが、仕事の都合で、残念ながら本選+入選者演奏会(東京)のみしか聴けなかった。今回はバイアスが入らぬよう、一切のリポート、site等には全く目を通さず、まっさらの状態で本選を聴き、簡単に私なりにまとめてみた。


左:審査員席から、ステージを望む            右:審査委員

12月5日 本選1日目

 演奏が始まっても、会場は明るい。メモを取る人への配慮か。ショパン・コンクールの時は、演奏中だというのに、ノック式のボールペンのカチッ、書き終わるとパチーンがうるさくて辟易したが、私が座った2階席では、そのような事は無かった。 以下は、言うまでも無く、あくまでも私個人の印象。
  

 No.45 アレクセイ・メリニコフ (ロシア)  ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番  ピアノ:カワイ  結果:第3位

 この曲は難しい。というのは、技巧的に難しいのは当然なのだけれど、冒頭のテーマ:単旋律をどう弾くかで、弾き手の音楽性が露呈されてしまうからだ。アルゲリッチの1979年〜82年の名演では、冒頭で、もう胸がかきむしられるようなロマンチシズムに魂がすっかり引き込まれ、大興奮のフィナーレまで、一気に音楽が流れて行く。ホロヴィッツの弾く「トロイメライ」は、あの冒頭のテーマだけで、すっかりノックアウトされてしまう。単旋律ほど難しいものはない。

 彼は、どうか? 残念ながら、冒頭のテーマは心に響かない。無防備に旋律が弾かれ行く 。しかし、徐々に詩的な音楽が流れだし、本領発揮。ただし、感動できるところと心が離れてしまうところが混在し、通して音楽を享受できなかった。3楽章、コーダへの持って行き方は良かった。
 気になったのは、ピアノの音量、表現のダイナミックスが狭かった事で、それが弾き手のせいなのか、ピアノ(シゲル・カワイ)のせいなのか判断できなかった。
  

 No.17 ダニエル・シュー (アメリカ)  ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番  ピアノ:スタインウェイ  結果:第3位

 今度は2番。冒頭から最後まで、音楽が途切れる事なく一貫して続く。感情的なクレッシェンド、うねりも申し分ない。オーケストラも、彼のピアノに触発され、ロマンチシズム溢れるラフマニノフの素晴らしいコンチェルトとなった。オーケストラを味方につけるのも才能か。

 しかし、たまたま今回、流れに乗って抜群の出来になった、いわゆる一発屋の可能性も少し感じられた。しかし、東京で行われた入賞者演奏会でのブラームスの3つの間奏曲は、心に染み入る素晴らしい演奏で、入賞者6名のリサイタルがあり、誰のに行くか?と聞かれたら、私は彼のに行くと思う。彼は、まだ18歳。将来が楽しみだ 。
 

 No.15 アレクサンデル・ガジェヴ (イタリア)  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番  ピアノ:カワイ  結果:第1位

 テクニックもあり、いい意味で音楽が軽快。ただし、今一つ音楽に引きつけるものが無かった。第1楽章のコーダは、今まで聴いた事がない最速 - しかし、音楽は崩壊しないスリリングなもの。2楽章冒頭は魅力的。3楽章の音楽の構成は見事。鋼鉄の歯車が、きっちり正確に回っていくようなテクニックをみると、1〜3次予選では、見事だったことが容易に予想できる 。ただ、私には音楽に魅力を感じない所も多々あった。

 不思議なのは、メリニコフの時に感じた音量、表現のダイナミックスの狭さが、ガジェヴでも同じような感じだったこと。入賞者のリサイタル(東京)では、 優勝者が使ったピアノ、という事で、シゲル・カワイだったけれど、ホールが違うとはいえ、東京文化に持ってきたピアノの方が、ずっと良かった。浜松のピアノは、音色にこだわりすぎて、ダイナミックスが犠牲になった、という事は無かったのだろうか。


聴衆の投票により、聴衆賞を決定する。

 本選1日目終了後、審査委員長:海老彰子さん、そしてアルゲリッチとセルゲイ・ババヤン(第1回本大会優勝者)両氏による審査委員記者会見が行われた。内容は、本コンクールのsiteに任せるとして、アルゲリッチの表情を多数掲載。頬杖は、耳につけたイヤホンから流れる同時通訳を聞いているため。本年6月のルガーノ音楽祭でのババヤンとのプロコフィエフのデュオは忘れられない。




  夕食、歓談が終わり、0時。これから、2次予選の録音を聴き直す、という。彼女は、審査も真剣で、妥協しない。常に自分に厳しいからこそ、ずっと世界の頂点に君臨し続けられるのだ。


   

12月6日 本選2日目

 No.50 アレクシア・ムーサ (ギリシャ/ベネズエラ)  チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番  ピアノ:ヤマハ   結果:第3位

 ヤマハのピアノは、弾き手の表現しようとする意思と直結している印象は、ショパン・コンクールの時と同じ。音楽、表現がダイレクトに伝わってくる。しかし、徐々にミスタッチが増えてきて、そこから修正しよう、という動きが見え見えで、そこで音楽は途切れてしまう。しかも、徐々にそれが頻繁となり、2楽章から、すっかり気持が離れてしまった。3位は意外だったけれど、もちろん本選の演奏だけでは判断できない。

 入賞者演奏会でのハイドン/ピアノソナタ Hob.XV1:50は、緻密に綺麗に弾いていた。しかし、このハ長調のソナタ。もっと一つ一つのフレーズに面白さがあり、変化に富んでいるのである。ブレンデルの演奏なんて、最初の15秒でノック・アウトされてしまう。このソナタ、そんなに平板ではないのだ。もっともっと、命を吹き込んで欲しい、と思う。
 

 No.47 フローリアン・ミトレア (ルーマニア)  プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番  ピアノ:カワイ  結果:第4位

 メリニコフ、ガジェヴのと同様、表現のダイナミックスが狭い。このピアノの特徴なのだろうか。残念ながらミスタッチが多く、時折、間違って覚えているのだろうか、というような 弾き方の音も度々出てくる。オマケにオケ(東京交響楽団)のパーカーッション/カスタネットが昨日同様、素人のように下手で、演奏を台無しにする。すっかり気持ちが離れたところで、3楽章はボロボロで崩壊してしまった。アクションは派手だったせいか、終わってからブラボーの声が。声楽コンクールでも、ただ声が大きいだけの歌にブラボーの声が飛ぶが、正直、困惑は隠せない。

 入賞者演奏会で もプロコフィエフ(ソナタ第6番1楽章)。しかし、金属の立方体の積み木に例えると、直角は出ていないし、面は粗雑だし、隙間はあるし、このソナタを音楽として聴かせるには、技量に疑問が残った。もっと他の曲を選んだ方が、彼の良さが出るのではないだろうか。
 

 No.47 ロマーン・ロパティンスキー (ウクライナ)  ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番  ピアノ:カワイ  結果:第2位

 圧倒的に完成度が高く、安定していて、音楽は一貫して途切れる事も無く、素晴らしい。コンクールである事を忘れ、音楽に没頭し、純粋に、このコンチェルトに感動した。スケールの大きさもダントツだった。コンチェルト賞は設定されてなかったが、あれば、彼の受賞に文句を言う人はいないだろう。本選だけなら、彼が優勝だと思う。

 終わってすぐ、3次予選のCDを購入し、聴いてみた。ところが以外にも、どの演奏も魅力を感じなかった。今や、コンクールのファイナルに残る位の人は、難しいパッセージなど弾けて、あたり前。もし、ケンプが今の世に出てきたら、コンクールは2次予選は絶望的で、即座に抹殺されるだろう。皆が弾けてあたり前のこの時代だからこそ、音楽性が問われる。入賞者演奏会で 、ますます、そこを痛感。


ピアノ・メーカーの社運ををかけた戦い(写真は、スタインウェイ社)。

 *最近、気になっている事を一つ。いろいろなコンクールで、一次審査に出す動画がお粗末なのを散見する。腕に多少なりとも自信があり、どうせ私は一次は通る、それからが勝負、だなんて思い上がっていたら大間違い、即刻考え直した方がいい。今まで、手抜きの動画提出で、良い結果を出した例を私は知らない。2010年のショパン・コンクールの覇者:ユリアンア・アヴデーエワは、最初のDVD予備審査で落選している。
  

 本コンクール開催イベントとして、木之下 晃さんの写真 が、本選会場:アクトシティ浜松のロビーを飾った。 写真は、印画紙では無くフィルムに印刷されていた。だから裏側からも見えるし、夜には表情を変える。彼は、今年逝ってしまった。偉大な功績を残した写真家だった。私は 、彼とは1975年に知り合い、これはアルゲリッチより1年早い。木之下さんと一緒に作品を残せたのは、本当に幸せだった。彼の写真は永遠に残る世界遺産だ。


表彰式での一コマ。

 コンクールの行事が一通り終了後、アルゲリッチに楽譜を渡した。夢は叶うのだろうか。

HOME